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エッセイスト伊藤緋紗子さんの少女時代

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お生まれはどちらですか?

横浜です。祖父と祖母はもともと東京で結婚したのですが、祖父が横浜国大で応用化学を教えていたので、東京から引っ越したのです。

どんな少女時代を過ごされたのでしょうか

小中高と横浜雙葉学園に通いながら、小学生のときには学校に内緒でモデルをやっていました。というのも、父が慶應大学の新聞研究所を出て電通に勤めていまして、まだコピーライターという職業名が無い頃から、コピーライターをやっていました。その広告の関係で私にモデルの話が来たのです。
放課後、母がよく校門で待っていてくれて、横須賀線に乗って、当時、新橋の高速の下にあったスタジオへ直行しました。ナショナルや東洋紡などの広告の撮影のためでした。一時は、東京駅の八重洲口に行くと、大きな大丸のネオンサインの広告に私が出ていたりしました。そのうち新聞やテレビCMにも出るようになりましたが、学校の問題もあり、中学に入ると辞めることにしました。

モデルを本職にしようとは思わなかったんですか?

思いませんでした。祖母に年中、耳が痛くなるくらい「地に根をはって生きなさい」と言われ続けていました。祖母は青山の生まれでしたが、すごくモダンな女性で「女性もこれからは何らかの仕事を持つ方がよい」といつも話していました。その影響で中学校1、2年生の頃から、将来は何をしようかと考えていました。小さいときからピアノを習っていましたが、ピアニストになるほどでもなく、また日本舞踊も習っていましたが、途中でやめてしまいました。そのなかでも、とても語学は好きでしたから、そちらの道に進みたいなと思ったのです。

それで、フランス語を選ばれた理由は?

あの頃の横浜では英語はよく耳にしました。私はもちろん戦後生まれですけれど、それでも米軍の宿舎が連なっていたり、横浜にはアメリカの香りが漂っていました。そんななかで、横浜雙葉は、フランス系のシスター(修道女)が多くいらしてフランス色の強い学校でした。英語もフランス語も両方好きでしたけれど、フランス語のほうが特色があると思いました。
父には本当に感謝しているんですが、勉強を始めてから、毎月フランスからさまざまな雑誌を取り寄せてくれました。その後、雑誌「ELLE」の翻訳をすることになるのですが、それは本当に役に立ちました。

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中学生のときにそこまで考えられるのってスゴイですね。悩みとかはなかったのでしょうか?

ありましたよ。女性は生理になってからどんどん体が変わって行きますよね? それが怖くてしょうがなくて。バストがどんどん大きくなっていくのが嫌で、食べ物が食べられなくなりました。だから、そのときはシスターに憧れていました(笑)
また、何を食べたら体がどうなるかということにも、とても興味がありましたので、栄養についても勉強しました。デンプンはたくさん食べると眠くなるとか。胃腸が空っぽになると吸収がよくなりすぎるので、こんにゃくやチーズなどをまず食べるとかですね。お弁当のメニューまで自分で決めて、母に作ってもらっていました。チーズとチキン、ご飯だと眠くなるから、パンを入れてもらっていました。

大学時代の思い出を教えてください

高校3年生の頃には、フランス語をほぼ話せるようになっていました。それで、大学は上智のフランス語学科に入学して、仏政府給費留学でパリに行きました。帰ってきてからは、20歳そこそこで、ELLEの翻訳や、フランスからELLEの関係で来るデザイナーや編集長やシルヴィア・クリステル(エマニエル夫人)などのスターが来日したときの通訳のアルバイトをしていました。随分、背伸びをしていたなと思います。
その反面、高校まではお化粧品も禁止されている厳しい学校でしたから、大学に入った途端、銀座のデパートのコスメカウンターに足繁く通うようになり、店員さんに新しいメイクを習ったりしました。デパートの化粧品はもうほとんど試しました(笑)

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憧れのパリはいかがでしたか?

オードリー・ヘップバーンが出演しているパリにまつわる映画を見ながら想像していたのは、夢の中のパリだったのだと思ったのです(笑)。実際にフランスで根を下ろして暮らしている人達は、質素で地道で日本と変わりありませんでした。つまり、夢の国はないと気がついたのです。ですから、人間は自分の場所に根をはって、努力をして、地道に生きていくのが幸せだなと思いました。ませていたのでしょうか(笑)

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ご主人との馴れ初めを教えてください!

当時、オードリー・ヘップバーンの「パリで一緒に」だったと思いますが、そのようなパリを舞台にした映画をよく父と観に行っていました。その中に出てきたオードリーが国際会議で通訳をするシーンがとても素敵で、「私もやりたいわ!」と思っていたら、ちょうどたまたま「国際通訳求む」という求人が上智の掲示板に出ていたのです。それが東京プリンスホテルで行われた国際不妊学会という学会で、ロバート・エドワーズ博士が「試験管ベイビー」という体外受精技術を発表した年でした。当時から主人は聖路加病院に勤めていたのですが、アメリカに留学していたことがあり、英語ができたので学会に来ていたそうで、知り合いの先生を通して紹介されました。会場でただ一人の独身の医者だったのだそうです(笑)
その後、出会ってから半年くらい経ってから大学院1年生で結婚しました。

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結婚後のお仕事はどうされていたんですか?

結婚してからは大学で週に一度、授業をしたり、自宅で何人かの生徒さんにフランス語を教えたりしていました。同時に鎌倉書房から出ていた「マダム」という雑誌の表紙になるように頼まれて、1年間、表紙のモデルにもなりました。わりと忙しくしていましたが、23才で子どもを生んでからは仕事をお休みしていました。仕事は辞めようと思っていました(笑)

妊娠、出産で体に変化はありましたか?

私はとても安産でしたし、母乳もよく出ましたし、すぐ体型も元通りになりました。大学時代は横浜と四谷を毎日往復していましたから、それがずいぶん運動になっていましたし、当時は47~8キロくらいで痩せていましたが、昔からミルクが好きで、牛乳をがぶ飲みしていましたし、チーズや鶏肉や納豆、キャベツも好きで、必要な栄養をきちんと摂っていたのが産後によかったようです。
妊娠、出産を経験すると、髪の毛が抜けたり歯がグラグラしたりするなどと聞きますが、そういうことが全くありませんでした。今の若い女性はむやみに痩せればいいと思っているようですが、女性として子どもを出産するためには、健康でいなくてはいけないと思うのです。何が何でもダイエットをするのではなく、栄養のことを考えてダイエットをしてくださいと言いたいのです。
体のことを気にしはじめたのは、子どもが2、3才になってからのこと。「このまま何も運動しないで30代になったら体がなまってしまう…」と危機感を持ちました。主人にも運動するように言われましたしね。私の主人は「女性とスポーツ」というテーマでずっと研究をしているので…。それからさまざまなことをやりました。水泳教室に通い、エアロビクスの教室に通い。しまいには近所のスパに主人と一緒に入りました(笑)

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著書「エイジレスウーマン」でも書かれている更年期についてお伺いしたいのですが。

更年期は誰にでもやってくるものです。それは、今まで自分の肉体にはなかった変化ですが、自分の体に敏感できちんと体と対話ができる人なら、そのときに自分に何が必要なのかわかると思います。しかし、それがわからないと、さらに気が滅入り、悪循環に陥ってしまいます。つらくて自殺してしまう人もいるほどなのです。

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そんな時期、私が助けられたのは自然のアロマオイルでした。ローズアロマオイルには、ホルモン調整機能や殺菌作用がありますし、あの華やかな香りは気持ちを高めてくれますので、どれだけ助けられたかわかりません。更年期になると、どんどん代謝が悪化するせいで、ホットフラッシュ(ほてり)が起きたり、顔がむくむなどの症状に悩まされます。対策としては水分を摂ったら汗として出し、食べたらスムーズに排泄をするということを心がけなくてはならず、その際、顔だけ、足だけなど体の一部分だけを切り離して考えても症状は改善しないのです。そこから体全体をトータルに考えるようになり、化粧品だけでなくシャンプーから食べ物まで、全てを自然な素材の物に変えることにしたのです。ヘアカラーも植物原料のヘナを使いはじめ、ハーブティーもよく飲むようになりました。また、体全体を感じるために、ヨガで学んだ呼吸法がとてもためになりました。

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「ネ・ラ・ローズ」はそんな中で生まれた化粧品なんですよね?

その経験から、ずっとアロマオイルには興味がありました。去年やっと、自分がこの目で見てきた防腐剤不使用100%ローズアロマオイルを輸入して化粧品を作ることができました。エッセンスの中身がローズアロマオイルだけですと刺激が強すぎるので、他の植物油も入れるなどして、日本の漢方を作っている会社で作ってもらいました。また、ヨーロッパでは当たり前に売られている生理臭を消すためのスプレーが日本にはなかったので、化粧水とエッセンスだけでなく、ボディスプレーも一緒に作りました。とても好評をいただいて、スプレーするとよく眠れるというお手紙をもらったり、生理不順に悩んでいた女性が、ぴったり28日周期に整ったというお話も耳に入っています。

伊藤さんは、お肌のお手入れはどのようにされているんですか?

石けんで顔を洗ったあと、「ネ・ラ・ローズ」ローションを首までつけて、同じくエッセンスを何滴か塗ります。そして、ここがポイントですが、またさらにローションをつけます。家にいるときはそれでおしまいです。外出するときは、その上からファンデーションを直接塗ります。若い人達でもファンデーションを塗り過ぎてしまい、粉が浮いてしまっている人を見かけますが、なるべく皮膚に負担をかけてほしくないので、厚化粧はあまりオススメできません。
本当は、美容にかける時間を5分や10分だけにして、あとは本を読む、いい音楽を聴く、お友達とおしゃべりを楽しむという時間に当ててほしいと思います。大切なのは、よい物を使ったケアを毎日続けること。奇跡の化粧品などありませんし、奇跡の食べ物などないのです。ですから、植物が少しずつ伸びて、少しずつ根が深くなるように、若い人も毎日少しずつ正しいことをして根を伸ばしていってほしいなと思います。

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伊藤さんのこれからの「美」の目標は?

哀し気に年はとりたくありません。楽しくパワフルでいたいですね! 年をとっても美しくいるのは精神力が強くないと無理だと思います。若い時はどんなことをしても美しいけれど、年をとるにつれて、周りも若いときのようなファッションでは許してくれなくなります。かといって、みんなにおかしいと言われたくないばかりに地味な格好をするのも嫌ですし、悩みますよね。自分が楽しく快適な装いで、美しくメイクをしていたいと思いますが、それ以上に、若いときの外見の美しさを、だんだんに内的な美しさに移行しないと、素敵な大人になれないと思います。だから当然、年をとってからの美しさは、若い人と同じ基準の美しさではないと思います。今は世界中が若い人の美しさを基準にしているけれど、それは間違っていると思います。ある程度、大人になったら内的な美しさを基準にしなくてはいけません。広告のモデルのような若い人の美に、みんな従えというのでは、ある程度の年齢以上の人は無理をして若作りしなくてはならなくなってしまいます。そのために美容整形するぐらいなら、本を読んだり、自分の内的な美しさを磨くことに時間をかけて、若い人達に囲まれて、さまざまなことを教えてあげながら、楽しく過ごす方がよほど美しい老後だと思います。皆、年を取るのですから。マスコミや企業の化粧品会社の広告などをを見ていると、照準の当て方が若すぎます。もっと、年齢別の美を研究してほしいですね。

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これから年を重ねるにあたって目標にしたい方はいらっしゃいますか?

先日、東京タワーなどを手がける照明デザイナーの石井幹子さんにお会いしました。世界をまたにかけてイキイキとお仕事をしていらして、大変素敵でした。
年齢より若く見えることより、人のために活躍していることのほうがカッコイイと思います。石井さんはメイクも全くしていませんでしたが、とてもオーラがでていました。

最後に、そのキレイな眉毛の秘訣を教えてください(笑)

眉毛は一番難しいポイントです。日々、拡大鏡を見ながら練習していますよ。先日、ロレアルの全国大会で審査員をやらせていただいたのですが、そのときにお会いした、美容室「ZACC」の高橋和義さんからいただいた本が教科書です(笑)。やはりヘアやメイクはいくつになっても諦めてはいけないと思います。流行は、取り入れなくてもいいので、一応チェックをしておかないと、時代に取り残されてしまいます。他にもウィンドーショッピングでもいいので、お店で傾向をチェックして、大人なりにその時代の空気を取り入れてください。たしかに、今のヘアやメイクの本は、みんな若い子がモデルなのでわかりにくいですが、今後は、大人の女性を対象とした本も出てくるのではないでしょうか。今はまだ、大人の女性たちが興味を示さないし、アクションを起こさないので、そういう雑誌が発売されても売れるかどうかわからないので難しいのだと思いますが。今後は、大人の女性の意識を改善していかなくてはいけませんね。

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インタビュー当日、伊藤さんにお会いするまで、著書や女性誌のインタビューなどから勝手に、テキパキとしたヤリ手の女性のイメージを持っていたのですが、(こんなこと、わたしが言うのも生意気ですけど)実際は、本当に可憐で可愛らしい方で、不覚にもドッキドキ。お話を伺っている間中、ちゃんと目を見て話をしてくださって、的確な回答をくださるのですが、手だけは、ストローの袋をず~っと細かくちぎってらっしゃる(笑)
そのギャップの可愛いこと! もし私が男性だったら、すかさずデートに誘っていたと思います。守ってあげたくなるっていうか…こんな気持ちは初めてだから、うまく説明できないケド(笑)
 
女らしさや美しさって、考えるととても難しいけれど、本来みんな持っている物なんじゃないかな~というのが、インタビューした私の感想です。
そう、日々ちゃんと忘れずに意識していれば、「植物のように」少しずつ伸びていって、そのうちキレイな花が咲くのだ!
text/空中庭園・松本愛